防犯対策・詐欺の手口

実際にあった詐欺の手口や事件、犯罪者の告白です。防犯対策・防衛のための知識としてお読みいただければと思います。

借用書デッチ上げの自己破産で借金をチャラに

中学を出てすぐのこと。料理屋の下働きに入ったが長続きせず、遊び仲間のツテでヤクザもんの見習いみたいなことをし始めた。そのまま5年ほど兄貴分たちに喰わせてもらったものの、一向に極道として芽が出ない。潔く足を洗い、住み込みでパチンコ店で働くようになったのは20才のころだ。

すぐに最初の力ミさんをもらったが、あっけなく逃げられる。それかりはパチンコ屋で働いて、金かできると辞めて遊び倒しての繰り返し。立派なヤンキーだ。そんなオレか5年前、人生をやり直そうと考えた。勤めていたバチンコ屋の同僚と、再婚したのである。

しかし、ガキもできて一生懸命働いたのに、またもや女房がトンスラ。つくづく真面目か性に合わない定めなんだろう。それでも懲りずに32の春、店に来ていた客とできてしまい三度目の入籍。5つ年上の水商売上がりの女だが、こいつがあかんヤツだった。結婚してすぐ、オレが原因不明の肝炎に羅って入院すると「働かんと情けないのお」なんて文句を言うのは仕方ない。

最悪なのは、オレ名義のクレジットカートを作り洋服や中古車を買った挙げ旬、逃げさらしたことだ。肝炎は長患いと医者に言われたため生活保護を申請し、医療費がかからなかったのがせめてもの救いだった。ともかく3カ月後、退院して家に戻ると部屋の中は見事なまでにもぬけの殻。テレピも冷蔵庫も家財道具は何一つ残っていなかった。

探そうにも住民票は置いたままだし、女房の実家を訪ねても知らないと言うばかり。警察に捜索願を出しても見つかりず、結局、残ったのはクレジット会社とサラ金への借金90万と督促状の山だけ。根がマジメなオレは、生活保護を受けながらこっそり知人の飲み屋を手伝い、返済しようと頑張った。しかし、しょせんそんな生活は無理なこと。取り立ては来るわ、仕事がキツイわで体調を崩し、昨年秋ころには、動くのさえ億劫になった。悔しいが、残額36万を作る手だてが断たれたのである。

放っておけば借金は増えるばかり。いったいどうすればいいのか、飲み屋のマスターに相談したところ、弁護士を紹介してくれた。さっそく訪ねてみたはいいが、生活保護で暮らすオレに弁護士費用なと払えるわけない。そのことを正直に言うと
「法律扶助協会」なる制度があり、立て替えてくれるという。おまけに生活保護を受けていれは、借金の額が百万以下でも自己破産可能だとか。

「だけど36万じゃ心許ないなあ。もっとないかあ」

先生は、他に借金がないかよく考えてみろと何度も言う。おかしな話だが、破産するなら額がデカイ方がいいそうだ。

「サラ金やクレジット会社じゃなくても、お知り合いにお金を借りてませんか。そういう借用書があればいいんですけとねえ」

整えば免責も下りると繰り返す先生。それでピンときた。借用書をデッチ上げればいいのだ。弁護士という立場上、それを口にするわけにはいかないのだろう。オレは、さっそく飲み屋のマスターに頼み込んだ。

「オレに百万貸したことにして借用書を書いてくれ」

果たして自己破産は完了した。額が少ないためか、申し立てかり免責までたったのひと月。弁護士の先生が最短記録だと驚いていた。

パチンコの借金400万で免責ゲット
「パチンコてどんなとこなんだろ」と足を踏み入れたのが始まりだった。10才年上の旦那は建設関係のサラリーマンで年収600万ほと。中2を筆頭に育ち盛りの男の子3人を抱えた生活は大変ではあるか、別に不満があったわけじゃない。

強いていえば、末っ子が小学校に入りホッと気か抜けたせいか。店内は思ったより明るく清潔で、見よう見マネで玉を弾くとすぐに大当たり。最終的にー千円の元手がー万円札にバケてしまう。初めてのギャンブル体験に私は虜となった。

もちろん、勝てたのは最初だけ。やれはやるほと足か出る。旦那は給料をそっくり渡してくれたから、月に2-3万程度ならヤリクリもできたが、日に10万負けるようになると生活費の大半がパチンコで消えてしまう。

バレる前に取り返さなきゃ。その一心から子供の学資貯金を切り崩し、それが底をついた3年前、とうとうサラ金に手を出すハメに。私が利用したのは振込ローンだ。窓口どころか無人契約機に出向く必要もなく、すべて郵送で手続きが済む。その手軽さに加え、自転車操業するうち限度額は徐々にアップ。

昨年春、気づけば10社から400万を借りていた。金利が30%として年120万。利子だけで毎月10万の計算だ。他に15万の住宅ローンもあり、いくら生活を切りつめても追いつかない。その時点で事実上、破産していたのである。なのに私は、ひたすら家族に隠すことだけを考えていた。督促の電話や郵便が旦那や子供の手に渡らないようパチンコ屋通いを止め、家にこもる。

が、取り立てが来てしまえば防ぎようもない。おまけに住宅口ーンを滞納したため、裁判所かり自宅を競売にかけると通知まで届く始末だ。

「なんだ、おまえ。パチンコで借金しただと。離婚だー」

烈火のごとく怒りまくった。当然である。が。

「オレの監督不行届でもある。まだ下の子は小さいし、母親がいなくなったら困るだろ。その代わり、自己破産してケジメを付けろ」

さっそく弁護士事務所に駆け込むと、パチンコで作った債務では免責どころか破産も通りにくいとのこと。

「ところで、いまはパチンコはやってませんよね」

ガックリうなだれながら私が領くと、先生は我が家の収支を点検した上で、方法はあると言う。

「一時は800万近くあったご主人の年収が200万ほと落ち、逆にお子さんたちの支出か増えていることを強調しましょう。あなたはそれをヤリクリできず、サラ金で生活費を調達したのです」

私は裁判官の《審尋》でもただひたすら生活設計が甘かったと主張、陳述書にはパチンコのパの字も出さない。結果、破産宣告はすんなり通り、ドキドキしながら待つこと2カ月。免責も無事下りた。今、私はパートに出る途中、パチンコ屋の前を通るが、もう2度と手を出さないつもりだ。