防犯対策・詐欺の手口

実際にあった詐欺の手口や事件、犯罪者の告白です。防犯対策・防衛のための知識としてお読みいただければと思います。

児童買春厳罰に日本はなぜ立ち後れたのか

1999年11月に施行された「児童買春禁止法」をにらみ、愛知県警は9月、全国に先駆け児童買春を専門的に取り締まる犯罪対策室を設置した。そのきっかけとなったのが、その3年前に告訴され、放置されていたタイの少年にわいせつ行為をしたとして、愛知県警に強制わいせつの疑いで告訴されていた愛知県在住の53才の男の事件だ。

そもそも国外買春の問題は、日本が自発的に取り組んだものではなく、法律の設定も、いわば外圧によるものだった。原因を辿れば86年10月に遡る。当時11才のフィリピンの少女がオーストラリア人医師に性的虐待を受け、それが元で翌年死亡する事件が発生した。90年にタイで開かれたソーシャルワーカーの国際会議でこの事件が取り上げられ、買春に終止符を打つための国際的な運動が始まる。

欧米、アジア各国は次々と法整備を行い、例えばアメリカは児童ポルノの製造から販売、所持までを禁止。なのに日本政府だけは「刑法や児童福祉法などの現行法で対応できる」と動かず、国際社会の中で取り残される形になっていた。さらに96年8月、スウェーデンで開かれた「児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」でも台湾の参加者から「日本製の児童ポルノが台湾で売られている。日本政府はきちんと取り締まってほしい」という声が出た。

日本の刑法では、13ま木満の児童に対する強制わいせつ・強姦は、暴行や脅迫がなくても処罰の対象となり、国外犯にも適用されることになっている。が、これは親告罪であり、告訴期間が6カ月と短い上、13才以上の児童の場合は暴行・脅迫を要件としており、立証できないケースは処罰の対象とならない。児童が日本まで来て告訴するなど現実的ではない。つまり、海外の児童買春に適用するにはあまりに不備が多いのだ。

この流れに歯止めをかけようとしたのは、日本の弁護士たちだ。96年8月、神奈川県出身の44才の男がマニラで12才のフィリピン少女に性的虐待を加えたとして、神奈川県警に強制わいせつ容疑の告訴状を提出した。国外での強制わいせつを国内で告訴した初めてのケースだった。
国外での強制わいせつを国内で告訴した初めてのケースだった。この事件では弁護士ら6人が、マニラ郊外にある性的虐待を受けた子供たちを収容する施設を訪問、被害に遭った少女と親権代行者の施設長かり告訴を委任された。当の少女は、「日本の男の人たちは性的異常者だ。だから他国にまで来てこんなことをするんだ。日本人男性を処罰するために、助けてほしい」と涙ながらに語ったという。
告訴状によると、この神奈川県出身の44才の男は、95年11月27日午前8時ごろ、滞在中のマニラ市内のホテルの自室で、売春ブ口ー力ーに紹介された少女を裸にして両手首を後ろ手に縛り、体を触ったり写真を撮影するなどわいせつな行為をしたとされている。また、91年4月にも、マニラで幼女を裸にして縛ったり、子供同士でセックスさせてそれを写真に撮るなど9人の少年少女に対する強制わいせつ行為でフィリピン当局に逮捕されたが、保釈金を払ってチャラに。それでも性懲りもなく再度マニラに行き、12才の少女相手にSMプレーを強要していたらしい。

さらには、96年2月にはこの少女の妹にあたる10才の少女を宿泊先のホテルに監禁し、フィリピンの「子供特別保護法」違反容疑で逮捕され、同国内で身柄を拘束されて公判中だった。要するに、児童買春の常連犯で、状況証拠も黒。にもかかわらず、男は日本のマスコミを通じて無罪を主張する。

「犯行日とされる95年11月27日はマニラにいなかった。性的虐待をしたという子供の写真は警察のでっち上げだ」と全面的に容疑を査認した。「子供たちに生活費と学費を援助して遊びに来ただり」と主張したのである。
国外買春での告訴3件目となったのは愛知県在住の53才の男性だ。男は先の2人と違い、すでに帰国。日本に逃げ帰った人間を告訴した初めてのケースとして、この事件は注目されていた。

告訴状などによると、男は96年9月2日夜、タイのチョンプリ県を訪れ現地のエージェントに依頼して当時11才の少年を映画に連れて行くとして連れ出した。そして宿泊先のホテルで服を脱がせて体を託めまわすなどのわいせつ行為をしたという。少年の代理人の「子ども買春被害対策弁護団」によると、少年は年上の友達と遊んでいたときに知人かり「一緒についてくれば、お小遣いをあげる」と誘われ、男の部屋に連れて行かれたらしい。男は直後に現地警察にわいせつ行為の現行犯で逮捕されたが、4日後に5万バーツ(日本円で約20万円)の保釈金を支払い、出頭命令に従うとの折局書を無視して帰国。現地では容疑を認めていたが、帰国後は否認している。タイのNGO(非政府組織)がこのことを日本の「子ども買春被害対策弁護団」に連絡し、同弁護団が調査に乗り出して現地の捜査資料を入手したほか、97年2月に少年と面会して告訴の意思を確認、委任を受けとった。そして97年2月27日、同弁護団は強制わいせつ容疑の告訴状を愛知県警に提出したのである。
弁護団は以前から「殺人や放火、強制わいせつなど日本人が海外で行った重大な犯罪について処罰できる国外犯規定(刑法第3条)を適用すべきだ」と主張しているが、これが適用された試しがない。その問題を一挙に解決させたのが1999年11月に施行された「児童買春禁止法だ。法案では、18才未満を「児童」と定義。金銭などを与えて児童と性行為や性交類似行為をすることを「買春」として処罰するもの。被害者の訴えを必要としない非親告罪で国外犯にも適用される。ちなみに海外での児童買春や、中高生と「援助交際」した者は、3年以下の懲役または100万円以下の罰金だ。

また、児童が関係した性交などの写真やビデオテープ、インターネット画像などを製造・販売した1者にも、懲役3年以下または300万円以下の罰金が科され、児童買春勧誘罪は3年以下の懲役または300万円以下の罰金。それを業とした者には5年以下の懲役または500万円以下の罰金となる。さらに児童買春目的人身売買罪は2年以上10年以下の懲役、外国の児童を国外に移送した場合は、間答無用に2年以上の有期懲役など、罰則はかなり厳しい。ただ、これを適用しようにも、海外で日本人が買春したといっ情報を日本の捜査当局がどのようにキャッチするかという課題が残る。

法律を生かすも殺すも、すべて情報入手の有無にかかっているのだ。国連の推定によると、現在、アジアで性産業に就いてる児童は約100万人。児童買春が広がった背景には、エイズ感染が少ないといった思い込みや、口リコン愛好家が旅行者として訪れるようになったことがあげられている。また、欧州児童福祉フォーラムによると、タイへの旅行目的の60%は買春で、ケニアやフィリピン、韓国への旅行についてもセックスが目的だという。しかもその中で日本人が占める割合が一番多いらしい。それだけではない。ここ数年、日本に大量に流入している口リコンビデオもほとんどがマニラ産だ。明らかに東南アジアの児童の写真が日本人の名前で登場し、その中身たるや、入れ墨姿の中年男が真っ裸の幼女に乗りかかって、ナスビのようなイチモツを「どうだ、どうだ」と言いながら押し込んでいくといった類いのものばかり。これらわいせつ虐待物をいちばん?喜んでいるのも日本人なのだ。
被害者に嫌がらせをし告訴を取り下げさせる
こうした買春の舞台になっているからといって、フィリピンが児童買春について甘いわけではない。少女を買い、変能プレイを強要したり、むりやり性行為をすれば無期懲役が相場だ。
とにかく死刑が多い国で、大麻不法所持で逮捕された日本人男性が死刑の判決を受けたケースもある。最近は条例での法整備も強まり、決して買春天国とはいえない状況になっているのだ。とはいうものの、1度や2度の買春を取り締まれるほどのシステムか整っているわけではない。告訴された3人がなぜ、逮捕されたのかといえば、何のことはない。彼らは児童買春の常連だったのだ。現地では、顔を見ただけで「あっ、子供を買う人だ」と言われるほどの有名人。そんな男たちを地元の神父や市民団体が警察当局と連携し、ホテルまで尾行して少年少女を連れ込んだところを現行犯で押さえたにすぎないのだ。もちろん、こうして身柄拘束された日本人はこの3人にとどまらない。しかし、児童買春の罪に間うには被害者の申告が必要なので、加害者となった日本人男性は被害者側に様々な圧力をかけ、告訴を取り下けてしまうよう画策してきたのである。

例えは、あるフィリピンの13才の少女は、日本人男性のマニラの自宅に監禁されて暴行を受けた。その後、男は逮捕・起訴されたのだが、被害者か告訴を取り下げたため釈放されている。少女の母親によると、自宅に「告訴を取り下げろ」という脅迫電話が頻繁にかかるなどの嫌がらせが続き、加え、マスコミが写真入りで事件を報道したため、少女はいじめに遭って学校に行けなくなった。その上、両親も事件を理由に勤務先を解雇されるなどしたため、告訴を取り消さざる得なかったのだという。

近いアジアの児童買春間題だが、しょせんは口リコンを取り締まる法律。マニア以外には規制されようがされまいが、関係ないかもしれない。しかしマニアによると口リコンにも正統派と過激派があるそうで、「幼女とのセックスを望むのは過激派。だからどんどん取り締まってほしい。でも写真やビデオは取り締まってほしくない」というのが本音なんだそうな。