防犯対策・詐欺の手口

実際にあった詐欺の手口や事件、犯罪者の告白です。防犯対策・防衛のための知識としてお読みいただければと思います。

レイプや強姦する男は普通の人間が多いのか?

あるレイプ魔の激白
私はかつて26才までの2年間に渡り地方の田舎町で6人の女性を強姦してきた男です。7人目に取りかかろうとした直前に逮捕され、新聞沙汰にもなりましたが、それ以前の6件に関しては一切口を割らなかったため、罪状は7件目の「住居侵入罪」のみ。4日間の拘留を経て無事釈放され、今では出所後に結婚した妻と子供の3人で平穏に暮らしています。狭い田舎で新聞に載った以上、周囲に私のことを噂せぬ者はおらず、遠方から嫁入りした妻の耳にもどこからともなく住居侵入の過去は伝わったようです。

が、6件のレイプ事件に関しては秘密にしていますので、とりあえず夫婦間に波風は立っていません。現在の幸せな生活は、過去を隠ぺいすることで維持されているようなものでしょう。その私がこうして過去の大罪を告白しよういう気になったのは、いわゆる悪事自慢のためではありません。すべてを洗いざらい語ってしきつことによって、今なおしこりとして残っているあの体験を過去の出来事として精算できるのではないかという、勝手な思い込みによるものと解釈してください。レイプという犯罪が、被害者の女性の心に後々まで大きな傷跡を残すことは重々承知していますし、このような告白によって彼女らの傷が癒されるわけでもないでしょう。いえむしろ不愉快な気分にさせてしまうかもしれません。ただ、それでも私はこの場を借りてすべてを正直に述べてみたいのです。
女に不自由したことなどただの1度もなかった
世間では、レイプをする男とはどんな人間だと思われているのでしょう。アダルトビデオやエロ劇画の世界では、女性に縁がなく、ささくれた毎日を送る男が、止むに止まれず襲いかかるシーンが登場します。多くの人々の頭の中にあるのも、おそらくやそうい、っイメージではないでしょうか。しかしそれは、レイプを性欲を処理するための行為と捉えることによる偏った見方のような気がしてなりません。

私は私以外のレイプ犯と面識がないので、彼らがどういう生活を送っているのかまではわかりませんが、自分自身に関して言えば、そのようなステロオタイプな強姦魔像とはもっともかけ離れていたのではないかと思います。

正直、私はモテる人生を歩んできました。どちらかといえばはっきりとモテた実感があります。初体験こそ中学3年のとき同級生相手に済ますというありきたりなものでしたが、女子生徒が8割近くを占める商業高校に入学してからは、各学年に1人ずつ彼女を作り、バレたら次、バレたら次と取っ替え引っ替えする軟派ぶり。県内でも強豪の部類に入る野球部に所属していたので、町中でナンパをする暇はなかなかありませんでしたが、試合になれば他校の女子生徒までもが黄色い声援を送ってくるので、そのコたちを頂戴することはしばしばでした。

高校卒業後、販売会社に就職し、車に乗るようになってからは女遊びに拍車がかかり始めます。とにかくナンパに出撃した日は手ぶらで帰ったことがないのが自慢で、正確には思い出せませんがわずか数年で体験人数は軽く500人を超えていたでしよつ。そう、私は女に不自由したことなど少しもない、ある意味とても充たされた青春時代を送っていたのです。
そんな私がなぜレイプをすることになったのか。それを説明するには、女遊び以外のもつ1つの趣味、競輪について触れておかなりればならないでしょう。競輪の魅力については主旨と関係ないので触れませんが、とにかく私は仕事先の打ち合わせが終わって車に戻ればすぐに携帯でノミ屋に電話するほど、このギャンブルにのめり込んでいました。当時は日本中が好景気に沸いていました。私の勤める会社もその例に洩れずバブルの絶頂にあり、営業成績さえ上げれば面白いように金が入ってくるという状況でした。20才そこそこで高級スーツに身を包み、900万円のBMWを乗り回しては女をあちこちで調達し、競輸で勝った金は飲み屋で散財しまくるのが当時の私の生活でした。ところが、有り余るほど金がある状況というのは、ギャンプラーにとっては身を持ち崩す原因にしかなりません。いきおい一気に大金を賭けることになりますから、それを失うと、取り返すためにさらに大きな額を賭け、また負けるとさらにという具合に、あれよあれよという問に取り返しのつかないことになるのです。私もまったくこのパターンで深みにハマったクチで、ついにはサラ金に手を出すようになっていました。借金総額がヤクザ金融も含めて1500万円を超えるようになるまでに、そう時間はかからなかったと思います。

それでもいったん覚えた遊びは簡単にやめられるものではありません。私は相も変わらず高級車を乗り回し、借金を重ねながら派手な生活を続けていました。金があるようで実はない、余裕があるようで内情は火の車。恒常的に精神がかなり不安定な状態にあったことは確かでしょう、いくら女がいようとも心はささくれるものなのです。

それは6年前のことです。その日の私は、各レースに50万円ずつを投資してはことごとくハズシまくるという、かつてないほどの大敗を喫していました。こんなときにはいったいどうすればいいのでしょうか。たとえば酒や女で気分を紛らわすというのも1つの手かもしれません。ヤケ酒用の資金だけを残して勝負するギャンブラーもいるのですから、そういう発散法があることは確かでしょう。ただ、その日の私は知り合いの人間と表面的な会話を交わしたところで気分が晴れるとはとても考えられませんでした。ツケで飲める店は数軒おさえていますし、呼べば来る女も10人以上はいます。しかし、だからといって彼女らがこの絶望的な状況を救ってくれるわけではありません。ギャンブルの痛手はギャンブルでしか解消できないのではないか。でもその資金はいったいどこで調達するのか。そんなことを考えながら私は市内を車でグルグル回っていました。

途中、1人の女性がくわえタバコで横断歩道を横切り、そのまま通りに面した大きな公園へ入っていく場面に遭遇したのは夜の11時ごろだったでしょうか。繁華街ならともかく、暗闇の公園に若い女性が1人で入っていくとは危険極まりない行為です。こんな女がレイプされるんだろうなあ~あくまでも他人事として、私は運転席から女の不用心ぶりを眺めていました。公園で襲われたら誰も気付かないから危ないじゃないかと。ところが信号が青になるのを確認してアクセルを踏んだ私は、直進するはずの次の曲がり角を左折。女の居場所を確認した後、公園の脇に車を停めていたのでした。目前には、高校時代に予選を戦った県営球場が建っていました。
レイプでも女は濡れる

どうしてそんな行動に移ったのか、その理由は今こうして冷静になった頭で振り返っても説明がつきません。競輪の負けによる精神的動揺があったことは確かとはいえ、今まで私は実に冷静かつ客観的に、「あのコ、危ないな」と心配する立場にいたのです。それがなぜ、その危ない目を遭わせる側になってしまったのでしょう。ひょっとすると、自暴自棄になった結果、酒やナンパでは味わえない刺激を無意識の、うちに求めていたのかもしれません。背後から小走りに近付いた私は、彼女の肩にかかったハンドバッグの紐をグイッと引っ張り、後ろから羽交い締めにしました。誰に教わったわけでもありません。

レイプとはこういうものだと、勝手に体が動いただけのことです。とっさにもれた小さな悲鳴が深夜の公園の木々にかき消されると、すぐに彼女は声を失い、私の腕の中で小刻みに身を揺するだけでした。突然の出来事、下手すれば殺されるのではないかという恐怖心があったのでしょう。私はそれを観念した証ととらえ、急激な安心感を掌えながら、彼女の両手を後ろに回し、球場の観客席へ向かう階段へと誘導していきました。そして階段の途中にある男子トイレの個室に連れ込み、顔を見られないよう背後へ貨後へ回るようにしながら、スカートをたくしあげ、行為に及んだのです。

まともな神経の男なら焦燥感ばかりが先立つのでレイプでは勃起しない。そう聞かされていたのは真っ赤な嘘でした。勃起しないどころか、いつも以上の興奮があったことを私は認めます。女はレイプでは濡れない。それも偽りでした。前戯などしている余裕はありませんから、さすがに最初は乾いていましたが、挿入するうちに潤っていくのがはっきりと確認できたのです。

すべてが終わった後の暗いトイレで、彼女は泣き叫ぶでもなく冷静な声でいいました。「顔をよく見せて」

本来ならすぐに逃げ去るべき私は、自分が犯罪者であることを忘れていたようです。顔がバレればマズイはずなのに、ここは要望に応えてあげるべきだとごく自然に思ったのですから。それは、悪魔のようなことをしておきながらもいい人でいたいという、ムシのいい考えによるものだったのかもしれません。彼女は私の顔をしばらく見た後、うつむいて、現実に起きた出来事を理解しようと必死になっている様子でした。どういう声をかけるべきなのか、私にはわかりません。外に出て、散らかったハンドバッグの中身を拾い集めながら、ギヤンブルに負けてムシャクシャしていたこと、返せないほどの借金があってどうにもならないことなどを私は告げました。そんなことが言い訳になると思っていたのです。最後に「警察に行くか」と聞くと、彼女は「別にいい」と言って歩き去りました。
その後数日間の私は、彼女に対して悪いことをしたという思いでいっぱいでした。できることならもう一度会って謝りたいとすら思っていました。同時に、もし警察に駆け込まれたらどうしようかとの不安もぬぐい去れません。別にいいと彼女が投げやりな態度になったのは、単にその場から解放されるためだったのではないかと思い始めてきたのです。

ところが、ひと月経っても警察からは何の接触もありませんでした。私は仕事、競輪、そしてナンパに精を出す日常生活に舞い戻ったのです。そうなると私という男は勝手なもので、すべてを自分の都合のいい方へいい方へと解釈するようになります。あの女、ひょっとして感じていたんじゃないのか。喜んでいたんじゃないのか。だってあんなに濡れてたもんな。そして、こんな調子のいいことを考えるようにもなったのです。

もし、あのときの女性が私の好みのタイプだったらどんな気持ちがしただろうかと。正直、公園の女性はナンパなら声をかけないようなタイプでした。それでもあれだけ興奮したのですから、美人でスタイルもいい女相手ならどうなることでしょ、一度そう思い始めると、もつそのことばかりが頭を巡るようになり、私は寂れた場所を歩く美女を、夜な夜な探し回ることになったのでした。格好のターゲットを発見したのは、夜中にとある農道を走っていたときのことです。両側にビニールハウスが立ち並ぶ1本道。ギリギリ車が2台すれ違える程度のこの農道には、歩行者が通ることなどまずなさそうなのですが、そのときはなぜかー人の女性がふらふらと歩いていました。スタイル、顔、共に申し分ありません。
出来心なんてものではありません。彼女を見かけた瞬間から、強姦してやろうという決意がありました。どうせ辺りは一面の畑。叫び声を上げたところで、すぐに土に吸収されてしまうことでしょう。私は車を近くの空き地に停め、前回同様、後ろからそっと近付き、羽交い締めにしました。彼女も最初にキャっと声を上げた後は、ある瞬間にふっと力が抜けたかと思うや、その後はされるがままでした。

さすがに道の近くではヤバイだろうと、ビニールハウス2列分奥に引きずり込んだ私は、彼女の小さな両手を頭で押さえつけ、前方から挿入を試みました。彼女の背中でビニールハウスがグニヤリとへこんでいたのを掌えています。
声をかけるには寂しすぎる坂道
2人をレイプしたとはいえ、それが病みつきになった、あるいは無理矢理でなければ興奮できなくなったというわけではありませんでした。やはりナンパは継続して行っていましたし、合意の上でのセックスもまた、独特の虚しさが残るとはいえ楽しい遊びだったのです。

しかし、たとえ卑劣な犯罪だとわかっていても、一度覚えた味をすぐに忘れられるはずはありません。3人目のレイプは時を待たずして敢行されました。出張で関西方面へ出かけた帰り道。その日は大阪の友人と夜遅くまで遊んでいたので、深夜1時は過ぎていたでしょう。幹線道路を飛ばしていた私の左手に1人きりで歩く女性の姿が飛び込んできました。

ナンパしよう、きっとひっかかる。最初はそう思いました。深夜とはいえ交通量の多い幹線道路、襲いかかるなんてことは思いつきません。送ってやるという口実で車に乗せるいつもの戦法を採ろうと考えたのです。ところが、急に彼女はそれまで歩いていた国道を折れ、左手に並ぶ住宅街へと続く細い坂道を上り始めるではありませんか。あのまま真っ直ぐ歩いていればあんなことにはならなかっただろうに、なぜあのタイミングで彼女は道を曲がったのでしょう。なぜ私の目前で左へ。普通に声をかけるには、その坂道はあまりにも寂しすぎたのです。

途中まで車で追いかけた私は、後ろから抱きしめ、近くの空き地へと連れ込みました。後は今までと同じようにコトを進めるだけで出張帰りのサラリーマンが思いつきのように女性をレイプする。我ながら、自分の軽率な行動が恐ろしくもありました。別にムシャクシャしているわけでもないのに、なぜ強姦という危ない橋を渡ろうとしたのか説明する言葉はありません。ただ1つ、凶器で脅すわけでもなければ写真を撮って口封じするわけでもなく、さらには素顔まで明らかにしているというのに、過去の2人が警察に駆け込んだ様子のないことが、私を安心させていたことは確かでしょう。

ましてここは県外、たとえ他言されようとも、素性がバレることはまずないとのヨミがあったのです。
慣れというのは恐ろしいものです。私はすでに確信に近いものを抱いていました。レイプは必ず成功し、しかもバレることがない犯罪なのだと。いえ、もうそのころには犯罪という意識すら薄れ、ナンパより手軽に女とヤる手段ぐらいとしか思っていなかったかもしれません。ただ、いくら確実だとはいえ、それは時と場所をわきまえた上での話です。車を遠からず近からずの位置に停めることができ、声の聞こえる範囲には誰もいない場所を女性が1人きりで歩いている、そんな状況はそうありません。そこで私はこ、プ考えました。

路上で適当な相手が見つかりないならば、自室に押し掛けてしまえばいいじゃないかと。どのようにして1人暮らし女性の室内に入り込むか。その方法として私にはあるアイディアがありました。不動産業者に成り済ますのです。郵便局員や宅配業者を装っても、
玄関口で応対されてしまうため、無理矢理襲いかかるわけにはいきませんが、そのマンションの不動産業者を名乗り、なにがしかの理由をつけて部崖に上がり込んでしまえば、後はすんなり行くのではないでしょうか。実行の日は意外と早く来ました。秋口に大型台風が通り過ぎ、市.内のいたるところでアンテナが倒れるという事態が生じたのです。

私は某大学近くのワンルームマンションでアンテナが大きくひしゃげているのを確認し、「人居者募集と書かれた紙に記された〇〇不動産の名前を覚えてから、部屋のプザーを鳴らしました。現れたのは大学生風の女性でした。テレビの映りは悪くなっていないかと尋ねると、案の定、悪いと答えます。そこで、調べたいから見せてほしいと頼んだところ、怪しむ様子もなく部屋の中へ招き入れてくれるではありませんか。彼女の服装はTシャツに短パン。隙だらけの格好です。過去3度のレイプに成功した私にしてみれば、十分すぎるほどのお膳立てが整ったと言えるでしょう。
このときもやはり襲いかかったのは後ろからでした。テレビの裏側を調べるフリをしていた私の隣でちょこんと座っていた彼女が、ふと後ろを振り向いた隙に、馬乗りになり羽交い締めにしたのです。相手の部屋、つまりは敵の土俵上での戦いでしたが、苦戦することはありませんでした。どころか、途中で彼女がベッドの下からコンドームを取り出して、入れるなら付けてくれと開き直ってきたほどです。

いつもの無理矢理パターンではない展開に多少シラけながらもコトを終えると、彼女は自分がどこの出身でどこの大学に通っているかと素性を話しだし、私にも同じようにどこの何者なのかを尋ねてきました。もちろんバカ正直に答えるわけにはいきません。適当な一言口葉でお茶を濁し、私はマンションを後にしたのです。
顔を見せているにもかかわらず一向に捜査の手が迫ってこないのは、とりもなおさず、彼女らが警察に通報しなかったことを意味しています。さらに、4人を強姦し、誰一人として激しい抵抗を見せなかったという事実は、あれは強姦ではなく和姦だったんじゃないかという錯覚すら抱かせるのでした。彼女らが例外なく最後に私の顔を見たがったのも、どこの誰とも知らない男に強姦されたと記憶に残すよりは、行きずりの男に身体を許しただけのことだと、事実をすり替えたほうが楽になれるからではないでしょうか。

そんな勝手なことを考えていた私は、5人目になって初めて激しい抵抗に遭うハメとなります。その女性は、深夜2時ごろ、市内の数少ないナンパ地帯である飲み屋街を歩いていました。私もしょっちゅうナンパに出かける一帯で、飲みに行く機会も多い場所です。だいたいこの辺りの店は1時には閉まり、お店の女のコが家に帰るのは2時ごろになるのが常。

目の前を歩いている彼女も、格好からして飲み屋のおねえちゃんに違いありません。おそらく車の停めてある駐車場へ向かっているのでしょう。前方に回って観察したところ、スタイルが良くルックスも私の好み。これはヤルしかない、とっさにそう思いました。なぜナンパにしなかったのかと問われても明確な答は出てきません。お高くとまっている印象から無理だと判断したのでしょうか。幸い、この近辺は飲み屋街と駐単場がかなり離れていて、途中に薄暗い道を通らなければなりません。予想どおり、彼女もその人気のない道へと歩みを進めます。車をおりた私は頃合を見計らい、いつもと同じように後ろから抱きつきました。

と、この女かつて体験したことのないような強い力で、振り払おうとするのです。こんなに強い抵抗に遭ったのは初めてのことですから、私は戸惑いました。そのうちあきらめるはずと、強引にオフィスビルの半地下にある駐車場の奥へと引きずり込み、コンクリートの壁に女を押しつけました。いつもならこの辺りで脱力するはずなのですが、彼女は抵抗をやめません。これは失敗するんじゃないか。不安がよぎります。しかし途中で止めるとかえってヤバいと判断した私は、力ずくで迎え込み、パンティを脱がす余裕もないまま、脇から強引に挿入したのです。終わってからも彼女は激しい鳴咽を繰り返し、すぐにでも通報せんばかりの形相で脱み付けてきます。

こわくなった私は小走りに逃げ去り、車に乗り込みました。見ると、ズボンの膝に穴が開いています。どうなったか気になるので、何食わぬ顔をして先ほどの現場へ車を走らせると、ナンパ目的でうろついている若者に向かって、乱れた服装の彼女が何やらわめいているのが見えました。誰もが泣き寝入りするものと思っていた私は正直、面くらいました。暗い駐車場のこと、顔ははっきり見られていないでしょうが、辺りをうろつくのはあまりに危険です。私はすぐに自宅へと車を走らせました。途中、サイレンを鳴らして走るパトカーとすれ違ったときはどうなることかと思いましたが、とりあえずは何事もありませんでした。

被害者の中には未成年者もいます。6人目の相手は地元の高校生でした。市内の中心を流れる川の土手を、パンクした自転車を押しながら歩く制服姿の女子高生を見かけたのは、夜の10時ごろだったと思います。おそらく部活動で遅くなったのでしょう。車で通り過ぎながら顔を見ると、これが高校生離れした美貌の持ち主。迷わず、送ってあげようかと声をかけました。つまりはナンパです。しかし彼女は愛想こそよかったものの、結構ですと申し出を断り、そのまま自転車を押し続けました。あきらめきれずに再び後ろを追いかけて声をかけてみたのですが、こういう誘いは慣れっこなのかやはり

「結構です」こうなればもう襲いかかるしかありません。この土手沿いの道路は、信号の関係で、車が通るときは一斉に通りますが、来ないときはまったく来ません。タイミングをま違わなければ気付かれることはまずないでしょう。土手の下を通り先回りするような形で前方に進んだ私は、車を下りて彼女を待ち伏せしました。ほどなくして顔を見せた彼女は、なぜこんなところにさっきの男がいるのかといった驚いた表情を見せ、何を血迷ったか、パンクした自転車にまたがって必死で漕ぎ始めます。身の危険を察知したのでしょう。いくら徒歩だとはいえ、大の大人がパンクした自転車に追いつけないはずがありません。後ろから自転車ごとひっくり返した私は、彼女の腕をつかんだまま土手の斜面を転げ落ちました。後はもうこっちのものです。この高校生もまた、最後に顔を見せてくれと懇願し、その後は膝を抱えたまま、じつとその場に座り込んでいました。

それでは最後に、私が逮捕されたときのことをお話ししましょう。その日、私は地元の大学近くに建つ、とあるマンションへと出向いていました。仲間内でよくノゾキに出かけるマンションです。とい、つのも、ここ、各ドアの郵便受けの下にもつ1つ、牛乳瓶用なのか新聞用なのか、小さな小窓があり、外からパカンと開けると部屋の中が見えてしまつのです。

狭いワンルームマンションのため、覗くと小さなキッチンのすぐ向こうの居間が丸見えで、ときには風呂上がりの女性の裸体、ときにはセックスに励む男女の姿も拝むこともできました。その日、私があるドアの小窓を覗いたところ、電気をつけたままパジャマ姿で眠っている女性の姿が早えました。いつもなら何かコトがおっ始まるのを待つか、別の部屋に移るところなのですが、そのとき私は何気なくドアのノブに手をかけました。すると、カチャッと音が。鍵がかかっていないのです。

中に入るべきか入らざるべきか。元々はノゾキのために来たということもあって心の準備ができていなかった、いえ、これまでさんざんレイプを繰り返しておきながら準備もクソもありませんが、とにかくそのときは思わぬ状況に足踏みしてしまったのです。私はいったん家に戻り、気持ちを落ち着かせた後、口を封じるためのガムテープを持って再び舞い戻ってくることにしました。結果論でいえば、もしあのとき跡踏することなく部屋に入っていれば逮捕されることはなかったのではないかと思います。30分ほどして再びマンションにやってきた私は、もし閉められていればあきらめて帰ろうとドアのノブに手をかけました。カチャリ。開いています。靴をはいたまま居間に人り込み、ハンカチで顔を覆い、ガムテープをちぎってまさに襲いかからんとするその瞬間ドアの開く音が。

「誰だ」男の声です。まさかこんな時間に男が訪ねてくるなんて。頭の中が真っ白になった私は、部屋をま違ったととぼけてみましたが、土足で上がり込んで手にガムテープを持っていては通用しません。すぐにでも取り押さえられるのかと思いましたが、おかしなもので、互いにどう対処していいかわからないとき、人間は不思議な行動をとるものです。私たちは座って話しあうことになったのです。

こちらの言い分は1つ。親も兄弟もいるんだから、ここは何とか許してほしい。私は何度も何度も懇願しました。女は部屋の隅に座っておびえており、最初こそ聞く耳を持たないように見えた男もなんとなく許してやってもいいような口ぶりに変わってきました。

後で聞いた話では、ここは女性専用のマンションだったらしく、男としてもいくら彼氏とはいえ自分が部屋にいたことを説明するのが面倒だったのでしよつ。ところが、男が「どうする」と話をふると、女は迷うことなく「警察と呼ぶ」と言ったのでした。そこから逮捕まではすぐでした。間もなく警察官がドカドカと室内に上がり込んできて、私はその場で手錠をかけられたのです。
取り調べに対し、レイプ目的で侵入したことを正直に述べると、刑事は

「お前は性欲が強いのか」

などと聞いてきました。やはり彼らも、レイプを性欲を充たすための行動と認識していたようです。過去にも同じようなことをしたことがあるかという質間も受けました。さすがに正直に答えるわけにはいきません。私は今回が初めてだとシラを切り通しました。その後、4日間の留置所での拘留中、親や友人が面会に来てくれましたが、誰一人として私が罪を犯したことを信じようとしませんでした。なぜお前がレイプしようなんて思ったのか。罪をかぶせられているんじゃないのか。いつもの派手な女遊びを知っているだけに、その感想ももっともなことです。なにせ、取り調べをした検察官までもが、お前ならレイプなんか考える必要はないだろうと言っていたぐらいなのですから。たかが住居侵入、ということなのでしょうか。不起訴という形で裁判は終わり、私はすぐに釈放されたのでした。

★その後は冒頭に書いたとおりです。もうレイプをしようなどとは考えも及びません。逮捕されて反省したということもありますが、一番の理由は、結婚して子供もできたことで精神的に落ち着きが生まれたからでしょう。今も車で当時の現場を通ると、記憶がまざまざとよみがえってきます。その度、彼女たちには悪いことをしてしまったと心を苦しめられる私ですが、この痛みは今後一生背負い続けなければならないものと覚悟するしかありません。